2007年07月25日

岩渕聡「再・阿部薫「論」と高柳昌行「論」へ」(9・終)

 昨日の続き。
 「もはや賽は投げられた、のである。この盤に対峙して、そこから阿部薫の『なしくずしの死』や高柳昌行の『inanimate nature』に辿り着いて欲しい。わたしがここまで言葉を尽くしてることとは矛盾するようではあるがきちんと音と向き合って欲しい。そしてその経験を各々の中で醸成させていただきたい、と願うばかりである。
(いつの日か、この続きが書かれることを含みつつ終了)」
 音と向き合ったうえでの鑑賞法を、難しくても述べなくては、悪口に反論できないだろう、と思った。
 この記事はこれまで。
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2007年07月24日

岩渕聡「再・阿部薫「論」と高柳昌行「論」へ」(8)

 昨日の続きで、「■何もわからない〜何も見えない何も聴こえない」という小見出しの冒頭から。
 「しかしながら、もうここには、この『解体的交感』についての当事者はいない――高柳、阿部、そして間の3人だけが、真の当事者である。すべてが物故している現在、ただ音を聴くこと、それしか術はない――むしろその中の誰か(生き残った者あるいは周辺の誰か)の意見しか参考にせず、もし仮にそれが誤った(一方的な)ものであるよりは、よほど公平なものだろう。
 どんなに語ったところで、情報が一人歩きすることは避けられない。それが伝説的存在であればあるほど、そのギャップは大きい。だからわたしは、この音と対峙せよ、としか言えない。このアルバムの背景を知りたければ、幾らでも言葉や文章が転がっている。わたしが高柳や阿部について言っていることは正しいかもしれないし、間違っているかもしれない――冒頭のような現実の前には、もうどちらか、という判断をするよりも、まず音を聴いて欲しい、と言う他はない」
 明日までこの記事。
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2007年07月23日

岩渕聡「再・阿部薫「論」と高柳昌行「論」へ」(7)

 昨日の続き。
「しかし、それ以前に阿部に対する興味を持つ方はわずか1枚ではあるがこの『解体的交感』以前の演奏を収めたアルバムを聴く(確認を行う行為)べきであろう。[中略]そのことによって何となくではあるが安部や高柳の変化を身体で受け止めることができよう――まさしく、頭ではなく身体で受け止めること、このことが大切なのである――これが度々音楽は語られるものではない、と続けてきた意味に一部である[ママ]。
 とにかくも[ママ]、言葉によって伝えられるものが一体どれ程のものなのだろうか、という自問は常に続けられてきた。間違いなく”百聞は一見に如かず”なのである。周囲の半ば伝説的な言葉(評)ばかり先行してしまった感も拭えない感のある『解体的交感』の再登場も、音楽とは第一に聴かれるべきで、言葉でもって弄ばれるものではないと感ずるばかりで、ある種の脱力感すら憶えてしまう」
 「感」の再度の使用など、やや悪文の感じである。
 明日は、最後の小見出しから。
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2007年07月22日

岩渕聡「再・阿部薫「論」と高柳昌行「論」へ」(6)

 昨日の続き。
 「さて、以前本誌で触れたことではあるが、阿部にとってこの演奏を含む高柳との日々が、ひとつのターニング・ポイントであると記述した記憶がある」
 2006年10月30日の本ブログか。ただし、そこでは、小生は「解体的交感」は出さなかった。
 『G-Modern』11号、1996年春、に収録の「終・阿部薫”論”へ向けて」で、2006年10月17日から11月に至るまで、若干の中断はあるが扱っていることを、特に述べておく。
 続く部分を引く。
「それを立証する術は今まで存在しなかった。そのことは確かに、このアルバムの再発によって(ようやく)埋められた。それは受け止め方にもよるが、少なくともこの演奏の内容如何に関わらず、事実(体験)としてある程度の感覚をもって受け止められるだろう」
 段落の途中ながら、明日に続く。
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2007年07月21日

岩渕聡「再・阿部薫「論」と高柳昌行「論」へ」(5)

 昨日の続き。
 「余談ながら、ここでの演奏は(もちろん)高柳と阿部のふたりで行われている。しかし、ジャケット裏面の間章の文章がなければ作品としては完結しないことは申し添えておくべきだろう。まだ再発[ママ。以下同じ]されて日が浅いが、少なくとも現在のところは長い評文[ママ]でさえこの点について触れた記述に出会ってはいない。[中略]付け加えれば、今回の再発の当事者が、最後まで間章の文章の掲載についてこだわっていたことを耳にし、きちんと意味を汲み取らせるべきだと考える方がいたということがうれしかった――なぜなら、この『解体的交感』というライヴ盤は”現象告発”(わたしのこうした高柳や阿部についての文章での冠に付けさせていただいているが)というコンサートは、「間章のアジテーション」と「高柳―阿部の演奏」によって成り立っていたのだから」
 最後のあたりの( )の前後の二つの「は」は、妙な気がするが、原文のままである。明日以降に続く。
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2007年07月20日

岩渕聡「再・阿部薫「論」と高柳昌行「論」へ」(4)

 昨日の続き。まずは、本来、間に挟まっていた岩渕の感想から。
 「誰だよ? その死ぬ間際まで付いていた人って? それに弟子だって? 初めて聞いたよ…そんな話。ほんとデタラメも大概にして欲しい」
 そして、対話の後の、やや先から引く。
「ふつうの音楽ファンの高柳や阿部に対する認識なんてこの程度のものかもしれない。仕方ない、音を出すことがどういうことか意識さえしていないのだから」
 やや略して、次の見出しは「■どうにかして欲しい〜やはり音とは聴かれるべきものなのだ」である。2段落めを引く。
 「そして、相変わらず無愛想な作りの黒いジャケットの『解体的交感』が再発[ママ]された。果たしてここに内包されているものとは一体何なのだろうか。単なる演奏の記録なのか。演奏者の何かの証しなのか。それとも”時代”というものの記録なのか」
 明日以降に続く。
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2007年07月19日

岩渕聡「再・阿部薫「論」と高柳昌行「論」へ」(3)

 昨日の続き。なお副題に「再開ではなく」とあるのを忘れていた。
 阿部と高柳への二人への無理解発言をそれぞれ引く。
 「(『解体的交感』を手にとって)
「ねえ、これ知ってる?阿部薫っていうの」
「なんか無茶苦茶なサックス吹くんだろう?」
「そうだけど、薬でボロボロだったらしいよ。死ぬ間際までずっと付いてた人が言ってたって」
「どうして知ってんの?」
「弟子っていう人から聞いたんだけどさ」」
「「このギターの人もデタラメな音出してるらしいよ」
「ちゃんと弾けねえじゃないの?」
「だからでかい音出してるんだって」
「ふーん」
「その弟子にも音だけでかくて弾けないやつがいるってことだぜ」」
 明日に続く。
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2007年07月18日

岩渕聡「再・阿部薫「論」と高柳昌行「論」へ」(2)

 昨日の続き。冒頭から引く。
 「わたしが本誌に書いていた阿部薫「論」が(再開する可能性を含みつつ終了)で、また、高柳昌行「論」は今振り返れば(未完)という収拾のつかない言葉で結ばれている。それはけっしておのれの中では整合の付けようのない「音」というものを「言葉」によって伝えなければならないもどかしさを含みつつ、しかしどうしようもなくそうした「言葉」によってしか説明のできない心情により発せらたとしか言う他はないのだ。それは今もって変わらない。むしろ物事の理解の度合いが深められるほど混沌としてくるようでもある」
 この後、「■小人養い難し〜バカに付ける薬はないものか」という小見出しのもとに、リリースされた『解体的交感』を前に、新宿のミュージックショップで、二人の若者が、何も知らずに、阿部薫と高柳昌行の悪口を言っているのを耳にしてしまったことが述べられている。ディスクユニオンなら、見知らぬ客にでも説教されそうなひどい内容の会話であるが、そこを明日引く。
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2007年07月17日

岩渕聡「再・阿部薫「論」と高柳昌行「論」へ」(1)

 『G-Modern』20号、1999年9月。
 目次の前に、表題で扱われる二人による「解体的交感」の広告が載っている。そこから引く。
 「「解体的交感」は70年に演奏され、同年その記録がLPレコードとして100枚だけプレスされた。さらにこのうち市場に流通したのは数十枚だけであることから異常なプレミア価格が付き、その演奏内容は半ば伝説化していたが、今回のCD化によりその全貌が明らかになる。鬼気迫るそのデュオ・インプロヴィゼイションは世界中に衝撃を与えるだろう」
 で、本文の最後には、そのジャケットの写真が載っているが、そのキャプションを引く。
 「CD化再発となったもののジャケット。オリジナルのレコード番号が入っていない他は愛想の無さがよく出ている」
 「解体的交感 ニュー・ディレクション」の他は演奏者名のみであるから確かにそうだ。で、明日から本文。
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2007年07月16日

物語 STORY(5・終)

 昨日の続き。
 「やがてイヅミは妊娠するが、カオルの酒とクスリと暴力はとどまらず、遂にイヅミはカオルをアパートからたたき出す。
 女の子を生み、子育てと原稿書きに追われるイヅミは、カオルときっぱり別れられないばかりか、激しい暴力の繰り返し。
 いまやイヅミはカオルを愛しているのか憎んでいるのか自分でも分からなかった。確かなことは、イヅミはカオルを拒めないこと。
 そしてある夜、仕事中のイヅミは隣室にいるカオルの絶叫を聞く。それは2人の愛憎の終わりの絶叫であり、イヅミの孤独の始まりの叫びでもあった。
 1986年の冬、7歳になった娘の枕元でいまイヅミはカオルとエンドレス・ワルツを踊るために、永遠の旅に出ようとするのだった…」
 このパンフはこれまで。
 充実した内容だった。
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2007年07月15日

物語 STORY(4)

 昨日の続き。
 「「僕には癲癇[(てんかん)]の持病がある。天才の病気だ。ドストエフスキーもゴッホもそうだった」
 カオルの生活はますます荒れるようになりイヅミの仕事の邪魔ばかりする。時には2人で仲良く共謀し、カオルに好意を寄せている女性の音楽プロデューサーを騙して金を巻き上げ、酒とクスリ代に当てることもあったが、つかみ合いの喧嘩はしょっちゅうであった。創作の姿勢に対する意見の違いと、自分の音を探しあぐねているカオルの嫉妬、喧嘩のすさまじさに警官が駆けつけてくることもあった。
 そのくせ、カオルの愛撫には夢中で応じるイヅミでもあった。イヅミが足の小指を切り落としたのもその頃で、イヅミ流の愛の誓いだったのかもしれない」
 明日まで続く。
 スチール写真とキャプションが2か所あるのは略す。
 その後は、『G-Modern』の、新しく入荷した号を紹介する。
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2007年07月14日

物語 STORY(3)

 昨日の続き。
 「ある夜、新宿の雑踏を歩いていたカオルは言う。好きなんだ。結婚しよう。
 2人は、原宿のアパートで新婚生活を始める。カオルは相変わらず酒とクスリをヤメなかったし、イヅミがコーディネートした奇妙な衣裳でステージに立つこともあった。
 しかし喧嘩もまた激しくなった。かつてイヅミが学生運動の活動家・江田(佐野史郎)を匿ったことがある。好きだったから一度も寝なかったと聞かされると、カオルは、イヅミが大切にしていたジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンのレコードを全部割って家を飛び出した。
 イヅミのアパートに舞い戻ったカオルは、僕の音は理解されない、助けてくれ、と子犬のようにイヅミに謝るが、イヅミはあなたを憎むとしか言えない。その時カオルは激しく体を振るわせ、口から泡を吹く」
 明日に続く。
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2007年07月13日

物語 STORY(2)

 昨日の続き。
 「「僕は阿部薫。1949年5月3日生まれ。AB型。音を追いかけている」
 「私は鈴木いづみ。元女優。今は作家と言われている。1949年7月10日生まれ。私もAB型よ」
 それがイヅミ(広田玲央名)とカオル(町田町蔵)の挑発的で自虐的な愛と憎しみの始まりだった。1973年の夏の終わり――。
 「僕はしつこいんだ。気に入ったものは最後まで追いかける。僕は君が気に入った」
 天才的アルトサックス奏者と言われたカオルは、酒とクスリを浴びるように飲み、イヅミのすべてを求めた。最初のうちはそれを面白がっていたイヅミも、カオルの強引さに嫌気がさす。それに彼女には原稿を書くという仕事があった。私は別にあんたじゃなくてもいいのよ、放っておいてよ、とイヅミ」
 明日に続く。
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2007年07月12日

物語 STORY(1)

 無署名の記事を、冒頭から引く。
 「その時2人は、酒とクスリで上機嫌であった。何も怖いものはなく、真から自由で、子供のように無防備だった。
 ね、試してみる、と女。やってみなよ、と男。
 女は台所から持ちだしてきた包丁の刃を自分の左足の小指に当て、グイッと押す。
 流れだす血の中に、小指が転がっていた。
 悪いいたずら?あるいは酒とクスリのせい?それとも切り落とされた小指は絶対的な愛の証し?
 2人の関係は間違い電話から始まった。女が別の男友だちを呼び出すつもりでかけた電話に男が出たのだった。あんた、誰だっけ、と女。その頃、新宿で飲んだくれていた彼女には大勢の男友だちがいた。
 男はアパートに押しかけてくる」
 明日以降に続く。
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2007年07月11日

清水一夫「「エンドレス・ワルツ」製作ノート」(5・終)

 昨日の続き。
 「今年の1月10日からほぼ一ケ月、編集録音作業にはいる。全編二台のカメラを使用し、ステディカムを多用したため、つながりはかなり巧くいっていると思う。又、この映画は音楽が重要な意味を持つ。阿部薫のライブをベースに、奏法が似ている柳川芳命さんが一部を補足した。ライブのフェダインと灰野敬二さん。劇版音楽にはアメイジンググレイスを中心にした、ハモニカの吉田有心さんとピアノの石井啓介さんのアンサンブルが心地よくきまっている。全体に多めのサウンドだがウルサクなく本編の理解を助けている筈だ。

2月10日初号完成、すべてのスタッフキャスト、そして時空を越えた祭りに参加協力してくれた人々に感謝いたします。日本映画はいま元気がないといわれている。しかし、観客も作り手もだからといって諦めてはいない。厳しい状況には変わりはないが日本映画の意地みたいなものを、互いに持ち続けたいものだ。この映画はその一助になっているのではないだろうか」
 この記事は以上。明日からは最後に、「物語 STORY」。
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2007年07月10日

清水一夫「「エンドレス・ワルツ」製作ノート」(4)

 昨日の続き。
 「12月12日、ステージ撮影開始。ローバジェッドだけど四杯のセットを無理して作った。ロケが難しいこともたったが、薫といづみを部屋に閉じ込めることによって、二人の愛の葛藤と闘争をきわだたせることができると考えた。飾り替えも含めて二週間連続の撮影だった。

12月25日、北海道ロケ。薫といづみがそれぞれの道を求めて別れ、薫が巡業を繰り返しいづみが都会で空白を埋めるモンタージュシーンだ。ここに流れるハモニカの旋律は、実際の阿部薫が自死する三ケ月前に録音されたものだ。深い絶望と悲しみに覆われる想いだ。雪のちらつく寒い小樽の駅前で30日にクランクアップ」
 ハモニカの旋律が阿部薫のものであるのは、ファンなら何となく感じるところか。
 さて、死亡届に自殺と明記されていないはずの阿部薫だ。本人の名誉を思えば、自死でなく自殺企図にとどめておくべきと愚考する。
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2007年07月09日

清水一夫「「エンドレス・ワルツ」製作ノート」(3)

 昨日の続き。
 「12月1日クランクイン、晴。原宿ロケーション、このあたりは駅前の周辺や同潤会アパートなど部分的に当時の面影が残っている。セットの二人のアパートはここをモデルにした。新宿騒乱、フーテン、ジャズ喫茶、長髪、ボトムスラックスなどの風俗文化は、新宿を中心に華やかだった。20年後の今、あまりの変化のためその雰囲気を出すのにかなり苦労した。技術パートがアグファのフィルムの性格をこよなく引き出すことによって、装置、小道具、衣装、メークなど懐かしさをイメージさせることができ、スタッフの努力は結実したと思う。しかし、新宿ロケーションはほとんど不可能だった。街の一角も限られてゴールデン街など二三しかなく、とくに自動車のスタイルは決定的にかわっていて、カメラを避けることができず、夕景やナイトシーンにするなど工夫が必要だった」
 最後のあたりは、無署名のプロダクションノートとほぼ同じ文章である。明日に続く。
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2007年07月08日

清水一夫「「エンドレス・ワルツ」製作ノート」(2)

 昨日の続き。
 「そして11月6日、みはるかすかなたに、霞ヶ浦に架かる大橋が見える田園風景の中に「東福寺」はある。小高く設[(しつら)]えた一番目立つ場所に坂本九さんが眠る坂本家代々の墓があり、阿部薫はそこにいる。縁戚だからだ。町田町蔵さん、若松監督などで安全祈願をしたあと住職に茶菓の接待を受けたが、町田さんを見るなり住職の奥さんが「阿部薫が帰ってきた」と驚いていた。町田さんによく似た故人を、住職を継ぐ美人の奥さんを交えて日溜まりの庫裏で回顧した。

11月25日、広田玲央名さんをはじめ出演者の衣装合わせ。しかし玲央名さんは普通でなかった。奇抜なアイディアをめぐって、衣装担当と監督や他のスタッフとで一日の予定を延々二日半かけていた。カメラ、照明、美術、録音、車両、ロケ地など全ての手配をする一週間前は、出演者およびスタッフがもっとも充実するときだ」
 明日に続く。
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2007年07月07日

清水一夫「「エンドレス・ワルツ」製作ノート」(1)

EndlessWaltz08.jpg

 プロデューサーの文章を冒頭から引く。
 「稲葉真弓さんが傑作を発表したのが四年前だった。稲葉さんが阿部薫と鈴木いづみの共通の知人である若松監督に取材に見えたときから、私たちは触発され、映画の題材として意識していた。シナリオの準備中に小説「エンドレス・ワルツ」が女流文学賞を受賞したことによって勢いづいた。又、奥村チヨや黛ジュンが復活したり、70年代のファッションが流行ったりのレトロブームで、いいチャンスだと確信した。しかし、映画づくりは困難が伴うもので、この度の松竹公開までかなりの紆余曲折が必要だった。

 昨年の10月30日。伊豆高原からタクシーで10分の「大江院」に鈴木いづみのお墓がある。本道の裏手の苔むした石段が連なる竹林の山道を、息を切らせながら登ると、少し開けたところに墓地がある。その墓は、他の墓に隠れるようにしてあった。稲葉さん、若松監督、私とで撮影開始の報告と、応援を祈願して山を下りた」
 明日以降に続く。
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2007年07月06日

解説(5・終)

 昨日の続き。1行空いて、新しい段落へ。
 「イヅミ役に83年「だいじょうぶマイフレンド」でデビューした広田玲央名が、二人の愛憎が頂点に達する事件(イヅミがふざけて自分で自分の足の指を切り落としてしまう)もごく自然に演じている。
 また天才Jazzサックスプレーヤー阿部薫には、歌手としてその類まれなる才能を発揮している以外にも作家・俳優としても活躍している町田町蔵(95年に町田康=本名に改名)が熱演している。この二人のキャスティングは、まさに二人が今も存在しているかのような印象すら与える。
 さらに、ジャズ評論家の副島輝人や、フリージャズ界からフェダインなどがキャスティングされ、作品によりリアリティをもたせている」
 町田康は、墓参りの際に、親族から生き返ったように錯覚されたほどだが、映画『書を捨てよう街へ出よう』に出演していた鈴木いづみはもっとあばずれで、広田玲央名では、やや上品すぎる感じが個人的にはするが。
 で、明日からは、プロデューサーによる「製作ノート」。
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